小野妹子と中学生

 
 小学生の頃からあったパソコンの授業はインターネットの規制との戦いの時間でもあった。小学校、中学校の情報室にあるパソコンには厳しい規制がかかっていて、有害なコンテンツが子供達の目に触れられないようになっていた。この規制は凄まじいもので、今では小学生のキッズ達に人気のyoutube はもちろんの事Wikipedia ですら規制される始末で、調べ学習すらままならない。そのままならなさといったら奈良の大仏についての調べ学習で、個人サイトに掲載されていた大仏の螺髪の起源(螺髪はカタツムリが大量に集まったもの)をそのまままとめるほどのものだったのを覚えている。
 中学校、多感な時期にパソコンの授業で流行ったのはもちろん規制の激しいインターネットでいかにエッチな画像を探すかというワールドワイドウェブの電子砂漠上での熱い戦いだった。この戦いにおいてまず考慮しなければならないのが教師の存在である。実は情報室にあるメインコンピュータには生徒の使う情報室全てのパソコンの画面が表示されており何かいかがわしいことをしようものなら問答無用にパソコンの画面を止められ叱られてしまう。そのために我々はいかにいかがわしい行為をせずにエッチな画像を検索できるかを競いあい、日々研鑽したのだ。まず用いたのはgoogle画像検索。yahooに比べると体感的に規制の少ないgoogleで、しかもyahooでは一枚一枚しか表示されなかった画像も一気に見ることができる。そしてエッチな画像検索に2年の月日を経た中学2年、たどり着いた検索ワードが小野妹子だった。
 
 “小野 妹子(おの の いもこ)は、飛鳥時代官人冠位大徳日本書紀』によると大唐に派遣され、大禮(冠位十二階の位)蘇因高(そいもこ)と呼ばれた[2]。日本の通説では『隋書』が記録する「日出処天子」の文言で知られる国書を携えた使者は小野妹子とされる。”
 
義務教育を終えたのなら分かると思うが小野妹子はその名に反して性別は男。飛鳥時代に中国に渡った偉い人なのだが何故か当時はgoogleで画像を検索するとエッチなイラストが無数に出てきた。これこそがインターネット、決していかがわしい言葉ではなく、完全に義務教育内で完結する完璧なエロに男子は歓喜し皆が皆小野妹子と検索したのだがそれもまたインターネットの規制を解除することのできる能力を得たホクロの多めな田村君によって新しい時代を迎えるのであった。